全国ご当地ラーメン食べ歩き(4)高円寺のチャンポンと胡椒
すでに半世紀以上前、4年間、高円寺に住んでいた。10名の学生下宿があった。9名は各4.5畳お金持ちの子弟一人だけ8畳の部屋割りであった。田舎から仕送りも途絶えがちであった私だけに、当然に日当たりが悪く、狭い4.5畳の部屋。むやみやたらと本が散乱する部屋であった。その下宿の住人はバラバラの学校に通っていたので、だからこそ面白かった。
下宿は高円寺駅から徒歩で12~13分の場所。今、駅から歩いて案内せよと言われても、道に迷うだけ。住所すら思い出せないので、グーグルマップも無理。町名が大和町だけはうっすらと思い浮かべるが、その情報さえも正確でないだろう。住所を尋ねる人も、もはやいない。
その高円寺駅前に、チャンポンのお店があった。その場所も思い出せない。商店街の一角であったとうっすら記憶をしている。四角い餃子に、羽根つきとともに、チャンポンを看板商品にするお店であった。40歳代の店主がお一人で調理もし、そして配膳もし、さらには後かたずけもなさっていた。
長年、本場長崎のみならず、他の地域で長崎でチャンポンを食べてきた経験から言えば、あの高円寺チャンポンが長崎風であるとは思えない。だから長崎風だと歌わなかったのだろう。
白濁でとんこつ味のスープに、太麺。やたらとキャベツが多かった。平素、野菜不足であったので、あの店は栄養満点であった。おいしかったかは思い出せない。特別な感覚を呼び戻せないので、平凡な味だったかもしれない。
しかし、我が人生でショッキングなのは、そのお店で覚えたハウス食品胡椒、ペッパーである。それまで胡椒を知らないので、不思議な辛さであった。
そしてあの店を思い出すたびに、我が20歳代、貧しき学生時代とともに、胡椒の味がよみがえる。ただし夢だけは盛りだくさんであった。
後年、胡椒ロードを研究対象に加えたのは、この時のショックのせいだろう。
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