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古代上総国の政治的流れ

( 1)要約 上海上国造と下海上国造は古代上総国(現在の千葉県中部)に存在した「海上国」をルーツとする国造である。 養老川・小櫃川の段丘縁辺に建設された巨大古墳群に見るように、 東京湾航路と内陸水運を掌握し、ヤマト政権と密着した 湾岸首長権力者が、 5〜6世紀ごろに、海上国は2分割されたことによって、おのずと国造の分離した。 (2)時系列による理解 【3世紀後半〜4世紀】 ・海上国(巨大首長連合)が成立 ・中心:養老川流域(姉崎古墳群) ・ヤマト王権との早期接触(稲荷台1号鉄剣) 【5世紀前半】 ・海上国の最盛期(関東広域に影響力) ・海上国造(単一)として機能 【5世紀後半〜応神朝】 ・海上国が二分される → 上海上国造(本家) → 下海上国造(分家) ・分割理由:王権の政治的再編(香坂王・忍熊王事件後の処分説) 【6世紀前半】 ・武社国造の成立(海上国造領域にヤマト政権がくさびを打つ) ・菊麻国造の台頭(南部で独立) 【6世紀後半〜7世紀】 ・海上国造勢力の縮小 ・国造制の再編(上総国成立へ) (3)系譜モデル 天穂日命 └─建比良鳥命(海上国造の祖) └─忍立化多比命(上海上国造) └─五十狭芽宿禰 └─久都伎直(下海上国造) 天穂日命 └─建比良鳥命(海上国造の祖) └─忍立化多比命(上海上国造) └─五十狭芽宿禰 └─久都伎直(下海上国造) (4)国造別 特徴 上海上国造:古墳規模最大、王権との接触最も早い 下海上国造:上海上の南側に派生 武社国造:王権が意図的に「中央に挿入」した可能性 菊麻国造:地域勢力の自立 (5)ヤマト政権の戦略 ① 内的要因(海上国の巨大化) ・養老川流域の首長連合が肥大化 ・内部統治のための分家化 ② 外的要因(ヤマト王権の政治介入) ・香坂王・忍熊王事件後の処分 ・関東の軍事・海上交通の掌握 ③ 地域要因(房総南部の独立化) ・菊麻国造の台頭 ・武社国造の成立(ヤマト政権の強制的配置) (6)結論に代えて 【西:志布志湾モデル】 飯盛山...

家系ラーメンの定義

 家系ラーメンの定義ーー全国に約2000軒の家系ラーメン 1,あっさり鶏ガラを主に濃厚豚骨などをじっくり煮込んだスープ 2,醤油 3,チャーシュー:煮込むのではなく、鍋につるして、いぶす 4,モチもち中太麺 5,家系ラーメンのBig3ーー     「吉村家」「本牧家」「六角家」

港区三田の「ラーメン二郎 三田本店」を中心にした三田地区商店街の賑わい

 港区三田は、二郎系の総本山で圧倒的ボリュームと聖地性を持つ「ラーメン二郎 三田本店」を中心に、ラーメンの人気店が密集地域。  雨にもまけず、風にも負けず「ラーメン二郎 三田本店」の前には、連日、多くの行列ができていて、その店に面した道路を通るたびに、「ここまでして、食べるの」というため息が出る。 しかし、行列がとだえない事実からして、その美味しさは本物。名実ともに日本一だ。  提案:「ラーメン二郎 三田本店」を中軸とした周辺ラーメン店との“共存共栄システム”構築 Strategy 1,圧倒的な「ラーメン二郎 三田本店」の存在力 2,「ラーメン二郎 三田本店」を核に、家系・淡麗・味噌など多様な店が「周辺衛星」として林立する多様性 3,ブラント名:「三田慶応ラーメン『麵食いの街』」(検討中) 4,聖地化は「ラーメン二郎 三田本店」一店だけでは成立しないこと。 5、各ラーメン店はライバルではなく、店同士が競争ではなく“文化圏”として共存共栄する 6、 聖地は“多様性の束”だからこそ、さらに強化される。 7,三田にある「私立の雄」慶応大学とのコラボレーションによるシナジー効果

拝啓、港区長殿   提案書(「港区ブランド新戦略 ―「ラーメン二郎 三田本店」を中核とした三田・田町地区共存共栄モデルの構築―」)

  拝啓、港区長殿                       提案書 「港区ブランド新戦略 ―「ラーメン二郎 三田本店」を中核とした三田・田町地区共存共栄モデルの構築 ― 」 1. 背景と目的 港区三田は、全国的な知名度を誇る「ラーメン二郎 三田本店」を中心に、家系・淡麗・味噌・創作系など多様なラーメン店が集積するエリアである。 雨天・強風の日でも絶えない行列は、同店が単なる飲食店ではなく、 ** 都市文化としての “ 聖地性 ”** を獲得していることを示している。 しかし、現状ではこの文化的価値が街全体のブランドとして体系化されておらず、個々の店舗が独立して存在しているに留まる。 本提案書は、 「ラーメン二郎 三田本店」を中軸に、周辺ラーメン店との共存共栄システムを構築し、 三田を“麺食いの街”として港区型都市ブランド化すること を目的とする。   2. 三田の強み(現状分析) ( 1 )圧倒的な中核店の存在 •            「ラーメン二郎 三田本店」は、二郎系の総本山として全国的な聖地性を持つ。 •            行列が途切れないという “ 現象 ” そのものがブランド資源。 ( 2 )多様なラーメン店の集積 •            家系、淡麗、味噌、創作など、ジャンルの幅が広い。 •            二郎を中心とした “ ラーメン銀河系 ” が自然発生している。 ( 3 )慶應義塾大学との歴史・文化的接続 •            学生文化とラーメン文化の親和性が高い。 •     ...

軽井沢に行くならば「きりさとそば」ーー山吹味噌(酢久商店)、1674年創業

 日本の三大そばは、岩手のわんこそば、島根の出雲そば、長野の戸隠そばだという。 今なお、出雲そばしか食したことがないだけに、岩手のわんこそばと長野の戸隠そばを三大そばだと認定するに躊躇する。 しかしながら、仮に4大そばをあげるならば、 *軽井沢:きりさとそば を取り上げたい。 「百聞は一見に如かず」式に云えば、「百聞は一口に如かず」。 だから、ここでは品評しない。 このお蕎麦屋さんは、小諸にある山吹味噌(酢久商店、 醤油醸造の源流を持つ蔵、1674年創業)の子会社だそうだ。だから、そばつゆが抜群に美味しい。追いがつおで香りを強め。干し椎茸だしを少量ブレンドしたのかとも想像するが、確証はない。企業秘密だそうだ。 なお、店外にあるウッドデッキでそばを賞味するのも、趣きがある。お勧め。 蛇足ながら、軽井沢川上庵やパン屋のSawamuraなどとも関係がありそうだが、酢久商店の創業家小山家などの経営手腕などの点はビジネスの世界の話になるので、私の関心の外に置きたい。

つるとんたん 軽井沢店のビジネス戦略の巧みさ UDON NOODLE Brasserie KARUIZAWA JAPAN

  〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢813-10 このお店、つるとんたんのリゾート型店舗 三笠通りと旧中山道の交差点に位置。旧軽井沢の有名店。朝から閉店時間まで行列が絶えない。立地戦略に成功した事例。軽井沢で観光するプチ・リッチ感で満足する人々の回遊導線・軽井沢駅を徒歩で20分歩き、旧軽井沢界隈を動き回り、休息の場を求める滞留場所として、 そして軽井沢ブランド物語にたっぷりと浸る舞台装置など、巧みなマーケティング研究の結果だと推測される。 この店の戦略は明白。うどんのおいしさなどは言うまでもない。そして「インスタ映え」するメニューの数々も他店と同様。  そこに軽井沢を加味した独自のメニュー開発と同時に、店舗運営設計がある。  つまり、従来のうどん屋にないProtocolで運営されている。  この賢者は誰かしらいない。しかし、その発想に認められるのは、アメリカ西海岸ビーチの有名レストランをモデルとしたProtocolである。 そしてHPがそれを後押ししている。軽井沢初心者、さらには軽井沢非在住者にプチ軽井沢を堪能させる仕掛けが満載。 うどん専門店「麺匠の心つくし つるとんたん」をはじめ、フードサービスやリゾートホテルなど、さまざまなレジャー事業を展開する「カトープレジャーグループ」の総帥加藤友康社長の卓越した手腕である。  なお、都会のつるとんたんをお探しならば、 (1) TsuruTonTan UDON NOODLE Brasserie 銀座 がおすすめ。 この店舗は 東急プラザ銀座(旧:銀座東急ビル)10階 にあり、JR有楽町駅の目の前。 🌟 特徴 • 「COOL TOKYO STYLE」をテーマにした開放感ある空間 • バーカウンターや半個室、歌舞伎・相撲をイメージした個室も完備 うどん屋の固定的イメージの一新を狙ったコンセプトである。 (2)TsuruTonTan UDON NOODLE Brasserie 六本木  出入口を探すにいささか戸惑う点を除けば、 • 六本木交差点からすぐという圧倒的なアクセスの良さ • 「食事+軽い飲み」の両方に対応できるメニュー構成 • 洗練された空間デザインーー 六本木の夜の雰囲気に合う、少し大人っぽいモダンな内装 これからうどん業界へ進出なさりたいならば、つると...

旧軽井沢 うどん カフェ 造田製麺所

  〒389-0103長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字山神前 偶然に立ち寄ったお店。 看板に「うどんとタイ料理」とあり、このアンバランスなユニットに興味をひかれた。 その理由は店主の説明で判明。店主の奥様がタイ人。だからこそ奥様お手製の本場のタイ料理カレーがメニューに登場できる。 店主の進めるとおりに、手打ちうどん( 自家製真空生麺) に出汁醤油と卵のぶっかけた後に、タイカレーで賞味すると、その味は絶品。確かに不釣り合いの2品であるが、考えてみれば、うどん屋さんにはカレーうどんがある。そのカレーをタイ料理カレーに変更しただけである。