全国ご当地ラーメン食べ歩き(3)桂花ラーメンと新宿

 そのラーメン店は、新宿東口駅前のビルの半地下にあった。数名も座れば、満席になる狭いお店であった。ぼんやりとした記憶であるが、三角形のお店ではなかっただろうか。

当時、貧乏にあえいでいたために、桂花ラーメンはぜいたく品であった。いわばコンサートホールに欧米から超一流オーケストラが来て、そのコンサートチケットを購入するような高価であった。

貧しかった。

星雲の志しを抱き、上京。しかし、田舎からの仕送りは東京での生活にかつかつであった。下宿代を支払えば、わずか1000円が手元で自由に使えるお金であった。金銭的な余裕などもなく、毎日にアルバイトに飛び回っていた。

両親にすれば、安定的な職業の道を放棄して、息子が飛んでもない方向に飛び跳ねて、ハラハラの連続であったからだろう。親になってみて初めて、その時の両親の思いを察した。

その時代、若気の至りで、無性に時代に反抗し、腹を立て、背向けて、独りよがりの道を突き進もうとした。

 その報いだろう、学友たちが優雅に食べ歩きや高級レストランでコンパを重ねていた時に、自分は汗まみれで都内の各所で働きずめであった。

 肉体的にも、精神的にも、また経済的にも追い詰められていた時、ふと目にしたのが「桂花ラーメン店」の看板。狭いカウンター席で、身も知らないお客と相席になりながら、互いに目でお疲れさまとエールを送り、ラーメンをすすりあった。

 私の印象では、なぜか固い麺であったし、こんな固さを好む人間の食生活のまずさを呪っていた。

先日、何十年ぶりに新宿に出かけた折に、久しぶりに桂花ラーメンの店を訪ねた。今はその場所から移転して、別な場所で営業をしていた。そして支店も数店だすほどに営業力を充実していた。

ただし、そのお店に足を踏み入れなかった。おいしいラーメンも、思い出の苦い味になるだけだと考えたからである。


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