投稿

港区三田の「ラーメン二郎 三田本店」を中心にした三田地区商店街の賑わい

 港区三田は、二郎系の総本山で圧倒的ボリュームと聖地性を持つ「ラーメン二郎 三田本店」を中心に、ラーメンの人気店が密集地域。  雨にもまけず、風にも負けず「ラーメン二郎 三田本店」の前には、連日、多くの行列ができていて、その店に面した道路を通るたびに、「ここまでして、食べるの」というため息が出る。 しかし、行列がとだえない事実からして、その美味しさは本物。名実ともに日本一だ。  提案:「ラーメン二郎 三田本店」を中軸とした周辺ラーメン店との“共存共栄システム”構築 Strategy 1,圧倒的な「ラーメン二郎 三田本店」の存在力 2,「ラーメン二郎 三田本店」を核に、家系・淡麗・味噌など多様な店が「周辺衛星」として林立する多様性 3,ブラント名:「三田慶応ラーメン『麵食いの街』」(検討中) 4,聖地化は「ラーメン二郎 三田本店」一店だけでは成立しないこと。 5、各ラーメン店はライバルではなく、店同士が競争ではなく“文化圏”として共存共栄する 6、 聖地は“多様性の束”だからこそ、さらに強化される。 7,三田にある「私立の雄」慶応大学とのコラボレーションによるシナジー効果

拝啓、港区長殿   提案書(「港区ブランド新戦略 ―「ラーメン二郎 三田本店」を中核とした三田・田町地区共存共栄モデルの構築―」)

  拝啓、港区長殿                       提案書 「港区ブランド新戦略 ―「ラーメン二郎 三田本店」を中核とした三田・田町地区共存共栄モデルの構築 ― 」 1. 背景と目的 港区三田は、全国的な知名度を誇る「ラーメン二郎 三田本店」を中心に、家系・淡麗・味噌・創作系など多様なラーメン店が集積するエリアである。 雨天・強風の日でも絶えない行列は、同店が単なる飲食店ではなく、 ** 都市文化としての “ 聖地性 ”** を獲得していることを示している。 しかし、現状ではこの文化的価値が街全体のブランドとして体系化されておらず、個々の店舗が独立して存在しているに留まる。 本提案書は、 「ラーメン二郎 三田本店」を中軸に、周辺ラーメン店との共存共栄システムを構築し、 三田を“麺食いの街”として港区型都市ブランド化すること を目的とする。   2. 三田の強み(現状分析) ( 1 )圧倒的な中核店の存在 •            「ラーメン二郎 三田本店」は、二郎系の総本山として全国的な聖地性を持つ。 •            行列が途切れないという “ 現象 ” そのものがブランド資源。 ( 2 )多様なラーメン店の集積 •            家系、淡麗、味噌、創作など、ジャンルの幅が広い。 •            二郎を中心とした “ ラーメン銀河系 ” が自然発生している。 ( 3 )慶應義塾大学との歴史・文化的接続 •            学生文化とラーメン文化の親和性が高い。 •     ...

軽井沢に行くならば「きりさとそば」ーー山吹味噌(酢久商店)、1674年創業

 日本の三大そばは、岩手のわんこそば、島根の出雲そば、長野の戸隠そばだという。 今なお、出雲そばしか食したことがないだけに、岩手のわんこそばと長野の戸隠そばを三大そばだと認定するに躊躇する。 しかしながら、仮に4大そばをあげるならば、 *軽井沢:きりさとそば を取り上げたい。 「百聞は一見に如かず」式に云えば、「百聞は一口に如かず」。 だから、ここでは品評しない。 このお蕎麦屋さんは、小諸にある山吹味噌(酢久商店、 醤油醸造の源流を持つ蔵、1674年創業)の子会社だそうだ。だから、そばつゆが抜群に美味しい。追いがつおで香りを強め。干し椎茸だしを少量ブレンドしたのかとも想像するが、確証はない。企業秘密だそうだ。 なお、店外にあるウッドデッキでそばを賞味するのも、趣きがある。お勧め。 蛇足ながら、軽井沢川上庵やパン屋のSawamuraなどとも関係がありそうだが、酢久商店の創業家小山家などの経営手腕などの点はビジネスの世界の話になるので、私の関心の外に置きたい。

つるとんたん 軽井沢店のビジネス戦略の巧みさ UDON NOODLE Brasserie KARUIZAWA JAPAN

  〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢813-10 このお店、つるとんたんのリゾート型店舗 三笠通りと旧中山道の交差点に位置。旧軽井沢の有名店。朝から閉店時間まで行列が絶えない。立地戦略に成功した事例。軽井沢で観光するプチ・リッチ感で満足する人々の回遊導線・軽井沢駅を徒歩で20分歩き、旧軽井沢界隈を動き回り、休息の場を求める滞留場所として、 そして軽井沢ブランド物語にたっぷりと浸る舞台装置など、巧みなマーケティング研究の結果だと推測される。 この店の戦略は明白。うどんのおいしさなどは言うまでもない。そして「インスタ映え」するメニューの数々も他店と同様。  そこに軽井沢を加味した独自のメニュー開発と同時に、店舗運営設計がある。  つまり、従来のうどん屋にないProtocolで運営されている。  この賢者は誰かしらいない。しかし、その発想に認められるのは、アメリカ西海岸ビーチの有名レストランをモデルとしたProtocolである。 そしてHPがそれを後押ししている。軽井沢初心者、さらには軽井沢非在住者にプチ軽井沢を堪能させる仕掛けが満載。 うどん専門店「麺匠の心つくし つるとんたん」をはじめ、フードサービスやリゾートホテルなど、さまざまなレジャー事業を展開する「カトープレジャーグループ」の総帥加藤友康社長の卓越した手腕である。  なお、都会のつるとんたんをお探しならば、 (1) TsuruTonTan UDON NOODLE Brasserie 銀座 がおすすめ。 この店舗は 東急プラザ銀座(旧:銀座東急ビル)10階 にあり、JR有楽町駅の目の前。 🌟 特徴 • 「COOL TOKYO STYLE」をテーマにした開放感ある空間 • バーカウンターや半個室、歌舞伎・相撲をイメージした個室も完備 うどん屋の固定的イメージの一新を狙ったコンセプトである。 (2)TsuruTonTan UDON NOODLE Brasserie 六本木  出入口を探すにいささか戸惑う点を除けば、 • 六本木交差点からすぐという圧倒的なアクセスの良さ • 「食事+軽い飲み」の両方に対応できるメニュー構成 • 洗練された空間デザインーー 六本木の夜の雰囲気に合う、少し大人っぽいモダンな内装 これからうどん業界へ進出なさりたいならば、つると...

旧軽井沢 うどん カフェ 造田製麺所

  〒389-0103長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字山神前 偶然に立ち寄ったお店。 看板に「うどんとタイ料理」とあり、このアンバランスなユニットに興味をひかれた。 その理由は店主の説明で判明。店主の奥様がタイ人。だからこそ奥様お手製の本場のタイ料理カレーがメニューに登場できる。 店主の進めるとおりに、手打ちうどん( 自家製真空生麺) に出汁醤油と卵のぶっかけた後に、タイカレーで賞味すると、その味は絶品。確かに不釣り合いの2品であるが、考えてみれば、うどん屋さんにはカレーうどんがある。そのカレーをタイ料理カレーに変更しただけである。

ベトナム料理PHOといえば、恩師ーハーバード大学

  An Nam at Harvard 57 JFK St, Cambridge, MA 02138 このレストランはハーバード大学前にあるVietnam料理店。ハーバート大学などでの毎日の研究調査を終えて、疲労困憊のTeamをねぎらう夕食の場として、しばしば利用した。 というよりも、恩師がお好みであったというのが真実。 なぜか恩師はベトナム料理の定番であるPhoに執心なさった。朝食・昼食と洋食であったので、夜だけはアジア料理をご所望になった。そうなると中国料理かベトナム料理。なぜか韓国料理をご指名にならなかった。  ちなみに私の好みはボストン風クラムチャウダーであるが、恩師曰く、「ボストン風アサリの味噌汁だね。」の一言で、シーフードレストランに足を向けることはなかったので、単独行動の折に、ひそかにボストン風クラムチャウダー 店を梯子した。  ところで、この店はHarvard出身のY君 の行きつけのお店であった。  したがって、ベトナム料理といえば、パブロフの反応のように、恩師ーハーバード大学の両単語がセットで飛び出してくる。  今は、米国の有名大学Yaleに勤務するY君の話を続けたいが、それは別途。 とはいえ、このボストン風クラムチャウダーを食するたびに、ボストンでの苦い思い出がよみがえる。私からすれば、「慇懃無礼」の一言。遠く日本から駆けつけてきた者たちに、ボストン在住の同じ日本人が「Busy!!」だけで、けんもほろろに追い返されたからである。その方の秘書の方とのメールのやり取りで、事前了解が取れたと思い込んでいたからである。 ビジネスライクとは、このこと、後悔先に立たず!!  恩師と共に、その巨大な建物の入り口で呆然とした思いがある。この話は別記したので、その詳細は譲る。

韓国大邱市の中華料理店「万里長城」の韓国式チャンポンと異文化体験

現在も営業しているかどうかは心もとない。すでに30年以上、大邱に足を踏み入れていないのだから。韓国料理と言えば、このお店が最高となるのはやむを得ない。 大邱市中区大鳳1洞55-39  中華料理店「万里長城」 このお店の味が忘れられないのは、私の韓国生活で最初の友人呉ジュヨン君と出会ったお店だからである。 もっとも友人と言っても、呉ジュヨン君は当時小学3年生か4年生だったはず。お店のオーナー呉南樹氏(当時、大邱市議会議員)の次男であった。右も左も分からず渡韓し、しかも親しい人もいず、韓国語さえもおぼつかない有様であった。当然ながら食事はいつも一人、ご存じの通り、韓国の外食でも、今も昔も一人で食堂に入ったり、酒場で一人酒をする習慣はない。したがって一人で食堂に入り、独りの食事メニューも当然に限られてくる。止宿先の前にあったお店だけに、ものぐさの私にとって、そのお店の常連になるのに日を要しなかった。 だかからこそ、 *「チャンポン ハナ ジュイソ。メプチアンケ ヘジュシラムニッコ」 という言葉は大邱方言であるが、しばしば通ううちに、自然と覚えた言葉。なにしろそのままでは辛すぎるので、トウガラシの量を半分以下に調整していただく必要があった。友人曰く、今もソウル標準語を知らないと違うか。 ある日、ものお珍しそうに私に近寄って来たのが呉君であつた。下手な韓国語で注文する日本人アジヨシ(おじさん)がほぼ毎日チャンポンを食べに来ると両親から聞いたからだろう。 その当時、大邱に居住する日本人は数名(4名?)に過ぎなかったので、珍しかったのだろう。 倉庫のどこかを探せば、その「万里長城」の韓国式チャンポンの写真が出てくるかもしれない、というのもスープは真っ赤だから。その驚きをは写真に撮ったに違いない。 韓国での中華料理と言えば、チャンポンと双璧な国民食は チャジャンミョン  (漢字表記: 炸醬麵 、짜장면)である。甘い黒タレの麵であるが、私にとって、海鮮類も野菜も入っているチャンポンを自然と多く注文することとなった。 そのチャンポンを通して、そして呉ジュヨン君を通して、いつの間にか大邱市内に友人が増えていった。だからこそ、万里長城式チャンポンはいつまでも我が第2の故郷大邱の味である。 ところで、今も未解決なのは、チャンポンに黄色な沢庵が添えられることである。 *********...